【NBAスラムダンクコンテスト】歴代優勝者一覧&最強ダンカーランキング 

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バスケの醍醐味スラムダンク。

正直ここ3年間はオールスター本戦よりも、スラムダンクコンテストの方が盛りあがりをみせています。

史上初のスラムダンクコンテスト3連覇をはたし、一躍時の人となったのが、マック・マクラング。

ここまで想像を超えてくるダンカーは、久しぶりですね。

ほぼGリーガーのマック・マクラングがここ3回のNBAスラムダンクコンテストを救っています。

残念ながら今年のスラムダンクコンテストには出場しないことを宣言したマクラングですが、NBAの歴史の中でも最強クラスのダンカーであることは間違いないでしょう。

今回はNBAを37年間観つづけているわたくしリトルが、スラムダンクコンテストにおける最強ダンカーのランキングを、独断と偏見でつくってみました。

異論はみとめます(笑)。

それでは、レッツラゴー!

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目次

NBAスラムダンクコンテスト 歴代優勝者

NBAスラムダンクコンテスト 歴代優勝者
1984年 ラリー・ナンス(フェニックス・サンズ)
1985年 ドミニク・ウィルキンス(アトランタ・ホークス)
1986年 スパッド・ウェブ(アトランタ・ホークス)
1987年 マイケル・ジョーダン(シカゴ・ブルズ)
1988年 マイケル・ジョーダン(シカゴ・ブルズ)
1989年 ケニー・ウォーカー(ニューヨーク・ニックス)
1990年 ドミニク・ウィルキンス(アトランタ・ホークス)
1991年 ディー・ブラウン(ボストン・セルティックス)
1992年 セドリック・セバロス(フェニックス・サンズ)
1993年 ハロルド・マイナー(マイアミ・ヒート)
1994年 アイザイア・ライダー(ミネソタ・ティンバーウルブズ)
1995年 ハロルド・マイナー(マイアミ・ヒート)
1996年 ブレント・バリー(ロサンゼルス・クリッパーズ)
1997年 コービー・ブライアント(ロサンゼルス・レイカーズ)
1998年 スラムダンクコンテスト開催されず
1999年 ロックアウトによりオールスター中止
2000年 ビンス・カーター(トロント・ラプターズ)
2001年 デズモンド・メイソン(シアトル・スーパーソニックス)
2002年 ジェイソン・リチャードソン(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)
2003年 ジェイソン・リチャードソン(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)
2004年 フレッド・ジョーンズ(インディアナ・ペイサーズ)
2005年 ジョシュ・スミス(アトランタ・ホークス)
2006年 ネイト・ロビンソン(ニューヨーク・ニックス)
2007年 ジェラルド・グリーン(ボストン・セルティックス)
2008年 ドワイト・ハワード(オーランド・マジック)
2009年 ネイト・ロビンソン(ニューヨーク・ニックス)
2010年 ネイト・ロビンソン(ニューヨーク・ニックス)
2011年 ブレイク・グリフィン(ロサンゼルス・クリッパーズ)
2012年 ジェレミー・エバンス(ユタ・ジャズ)
2013年 テレンス・ロス(トロント・ラプターズ)
2014年 ジョン・ウォール(ワシントン・ウィザーズ)
2015年 ザック・ラビーン(ミネソタ・ティンバーウルブズ)
2016年 ザック・ラビーン(ミネソタ・ティンバーウルブズ) 
2017年 グレン・ロビンソン三世(インディアナ・ペイサーズ)
2018年 ドノバン・ミッチェル(ユタ・ジャズ)
2019年 ハミドゥ・ディアロ(オクラホマシティ・サンダー)
2020年 デリック・ジョーンズJr.(マイアミ・ヒート)
2021年 アンファニー・サイモンズ(ポートランド・トレイルブレイザーズ)
2022年 オビ・トッピン(ニューヨーク・ニックス)
2023年 マック・マクラング(フィラデルフィア・76ers)
2024年 マック・マクラング(Gリーグ:オセオラ・マジック)
2025年 マック・マクラング(オーランド・マジック)

わたくしリトルが初めて生で(といってもNHK衛星放送の録画放送ですが)スラムダンクコンテストを観たのは1989年。

優勝者はニューヨーク・ニックスの控えプレイヤー、ケニー・ウォーカーでした。

前年の1988年、マイケル・ジョーダンとドミニク・ウィルキンスが熱戦をくりひろげ、ジョーダンが2連覇を決めたスラムダンクコンテストに比べ、実に地味な大会でしたね。

「なんでもう1年早く観れなかったんだろう」と思ったのを覚えています。

歴代優勝者を並べてみると、正直ほとんどの大会が期待はずれだったなあと感じてしまいますね。

〝スーパースター″コービー・ブライアントでさえ、優勝はしたものの、スラムダンクコンテストの中ではインパクトを残すことができず、翌年のオールスターではスラムダンクコンテスト自体が中止になる屈辱を受けています。

わたくしリトルが大学生だった1992年のスラムダンクコンテストでは、セドリック・セバロスが目隠しをしたままハーフコートを走りダンクを決めるなど、すでにネタがつきた感がありましたからねえ。

ちなみにセバロスが使った黒いめかくしの布をスタッフが確認しようとしたものの、布が行方不明になるというグダグダぶりでした(笑)。

そんなグズグズのスラムダンクコンテストが多い中、ファンの想像を超えたコンテストダンカーたちもいます。

今回はNBAを36年間観つづけているわたくしリトルが、衝撃をうけたコンテストダンカーベスト5を発表します。

試合の中のダンクは関係ありません。

スラムダンクコンテストの中だけでの評価ですので、お間違いなく。

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第5位 ネイト・ロビンソン

2006年、2009年、2010年と3度のスラムダンクチャンピオンとなっているネイト・ロビンソン。

身長175㎝のロビンソンは、スパッド・ウェブ(170㎝)に次ぐ低身長のスラムダンクチャンピオンです。

一般的な日本人なみの身長ながら、爆発的なジャンプ力と身体能力で、数々の驚きのダンクを披露してきたロビンソンですが、特に印象に残っているのが、初優勝の2006年にみせた、スパッド・ウエブ超えのダンクですね。

NBA史上もっとも小さいスラムダンクチャンピオンを飛び越える演出は、会場を熱狂させました。

「俺はスパッド・ウェブを超えたぞ」というような、やや傲慢な印象も受けたダンクでしたが、当のウェブは何食わぬ様子で最高のバウンドパスを出し、自分超えのダンクを見届けたあと、ロビンソンとがっちり抱擁していました。

いい人だな、ウェブ。

175㎝の人間が、自分の身長とほぼ変わらない人間を飛び越えてダンクを決めるなんてすごいなあと思っていたのですが、2009年にはなんと208㎝のドワイト・ハワードまで飛び越えてしまいます。

しかもハワードはスラムダンクコンテスト決勝の対戦相手。

スーパーマンのマントを着たまま、ロビンソンの指示にしたがって立ち位置を決めるハワードのやさしさに、ちょっと感動しました。

それにしてもどんなトレーニングをすれば、175㎝の人間が208㎝の人間を飛び越えることができるようになるんでしょうか?

NBAはおそろしい世界です。

ネイト・ロビンソンのダンカーとしての強みは、そのジャンプ力と力強さですね。

身長が低いため、ジャンプ力の凄さが際立ちます。

175cm 82㎏のがっちりとした筋肉質の身体が宙をまい、リングにたたきこむダンクは、迫力満点です。

反対にダンカーとしての弱点は、失敗の多さです。

身長が低いためしかたないのかもしれませんが、1度で成功せず何度も挑戦してやっと成功するパターンが多かったため、興ざめする人も多かったのではないでしょうか。

ロビンソンがダンカーとして評価が分かれている理由だと思います。

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第4位 ザック・ラビーン

2010年代前半に盛り上がりを欠いたスラムダンクコンテストに、再度火をつけたのが、2014年のNBAドラフト1巡目全体13位でミネソタ・ティンバーウルブズに指名された196㎝ 91㎏のザック・ラビーンでした。

見た目もシュッとした男前のラビーンは、試合中でも数々の美しいダンクを決め、ファンの期待をたかめます。

そしてむかえた2015年のスラムダンクコンテスト。

ラビーンは1発目からバウンドさせたボールをつかみ、股下をとおすイースト・ベイ・ファンクダンクを決め、50点満点をただき出すと他の出場者を圧倒し、文句なしの優勝をはたします。

力強さとスピード、そして美しさを兼ねそなえたラビ―ンのダンクは、世界中のNBAファンに、ビンス・カーター以来の衝撃をあたえました。

2連覇をめざした翌2016年のスラムダンクコンテストは、現在でも「史上最高のスラムダンクコンテスト」と呼ばれています。

主役はザック・ラビーンとドラフト同期(全体4位)、オーランド・マジックのアーロン・ゴードンでした。

両者50点満点を連発したファイナルでは、予定された2本では決着がつかず、延長戦へ。

先攻のゴードンが豪快なボースハンドウインドミルダンクを決めファイナル3連続の50点満点をあげると、後攻のラビーンは空中でまた抜きからのボースハンドでのエビ反りリバースダンクでこちらも50点満点を記録します。

まさかの延長2本目。

当初予選とファイナル合わせて4本で決着する予定だったのが、6本目となると、さすがのゴードンもネタがつきてしまいました。

先攻のゴードンはボースハンドリバースダンクを力強く決めましたが、それまでの超絶ダンクに比べるとややシンプルすぎたのか、47点に終わります。

すると後攻のラビーンは、フリースローラインから踏切り、ボールをまたの下にくぐらせるイーストベイ・ファンク・ダンクを見事に決め、50点満点を獲得しました。

豪快なダンクで観客を魅了したゴードンに対し、ラビーンのダンクには鋭さと美しさがありましたね。

196㎝の身長で驚異的なジャンプ力を誇り、無駄のないスムーズな動きから繰り出す大迫力のダンク。

文句のつけようのない芸術的なダンクを次々と繰り出したラビーンは、歴代でもトップクラスのダンカーであることは間違いありません。

ただ、この2016年のスラムダンクコンテストが史上最高と言われている理由のひとつが、ファイナル2本目でみせたアーロン・ゴードンの超絶ダンクだったことに異論を唱える人は少ないでしょう。

今回2連覇をはたしているラビーンよりも、スラムダンクコンテスト優勝経験のないアーロン・ゴードンを上にしているのは「あの」ダンクの衝撃があまりにも強かったためなのです。

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3位 アーロン・ゴードン

スラムダンクコンテストの「無冠の帝王」といえば、誰もがアーロン・ゴードンと答えるでしょう。

2026年現在、デンバー・ナゲッツで二コラ・ヨキッチの相棒として3ポイントシュートを武器に、オールラウンドな活躍をみせているゴードンですが、10年前のスラムダンクコンテストでは野性味あふれるワイルドなダンクで、観客を魅了しています。

2014年のNBAドラフト1巡目全体4位でオーランド・マジックに指名されたゴードンでしたが、ルーキーシーズンは左足の骨折もあり47試合の出場にとどまり平均5.2得点と、当初期待されていた活躍はできませんでした。

そんな中、やや期待外れ感が高まってきた2年目のシーズン、スラムダンクコンテストでゴードンは一躍脚光を浴びます。

2016年のスラムダンクコンテストを伝説にしたのは、ザック・ラビーンの美しいダンクと、ゴードンの野性味あふれるダンクの競演でした。

特に注目されたのが、ファイナル2本目にみせた、オーランド・マジックのマスコット「スタッフ・ザ・マジックドラゴン(もうちょっと名前どうかならんかな・・・)」超えのダンク。

マスコットが頭にセットしたボールを空中でつかむと、そのままマスコットを飛び越えながら自分の両太ももの裏をくぐらせ、左手でリングに豪快に叩き込んだのです。

あの時の衝撃は今でもよみがえってきます。

現地の解説も「レッツ・ゴー・ホーム」を連発していました。

当然文句なしの50点満点。

当初の規定ではファイナルは2本のダンクで勝敗がつく予定だったため「これで決まったな」と思っていたのですが・・・。

後攻のラビーンもフリースローレーンからのウインドミルダンクを決めこちらも50点を記録。

タイブレークの延長に入ってしまい、最後は万策尽きて敗れたゴードン。

勝負には敗れましたが、この日世界中のNBAファンをもっとも驚かせたのは、ファイナル2本目のゴードンだったことは間違いありません。

ファイナル2本の合計でどちらが優れていたかを投票するスタイルであれば、絶対にゴードンがチャンピオンだったんですけどね。

そんなに何種類もダンクを準備していないでしょう、普通は。

普通じゃなかったラビーンもすごいですが・・・。

翌2017年のスラムダンクコンテストでは、ドローンが落としたボールを股抜きダンクするという、変則的なダンクに挑戦し、失敗。

予選で姿を消してしまいました。

そして3年ぶりに出場した2020年のスラムダンクコンテストで、ゴードンは再び伝説をつくります。

ファイナルの相手は当時マイアミ・ヒートのデリック・ジョーンズJr.。

圧倒的なジャンプ力を誇るジョーンズJr.との闘いは、2本のダンクでは決着がつかずまたも延長タイブレークへ。

先攻のジョーンズJr.は、フリースローからのダンクを決めたものの48点に終わります。

以前ラビーンとの死闘でアイデアが尽きてしまったゴードンは、ここでとんでもないダンクを用意していました。

会場にいる人間で最も背が高い、226㎝のタッコ・フォール(当時ボストン・セルティックス)をゴール下に立たせると、フォールの頭上を飛び越え、フォールが頭に掲げていたボールをリムに叩き込んだのです。

会場中が大盛り上がり、NBAのスターたちが次々とコートに入ってきてゴードンを祝福していたのですが・・・。

結果はまさかの47点。

アリーナにブーイングが響き渡りました。

相手のデリック・ジョーンズJr.がヒートの選手だったため、OBのドウェイン・ウェイドが9点を入れたと大騒動になりましたね(ピッペンらも9点にしていたのですが)。

残念ながら1点差で敗れたゴードンは「もうスラムダンクコンテストには出ない」と引退を宣言しました。

優勝することはできませんでしたが、スラムダンクコンテストに特大のインパクトを残したゴードンを、わたくしリトルは3位としました。

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2位 ビンス・カーター

史上最高のダンクアーティスト、ビンス・カーター。

オリンピックでみせたフランスの218㎝のセンター、フレデリック・ワイス超えなど、試合中に数々の伝説的なダンクを決め続けてきたカーターですが、スラムダンクコンテストには1度しか出場していません。

しかしそのたった1度の出場で、カーターは特大のインパクトを残したのです。

1990年代後半、スラムダンクコンテストは盛り上がりに欠けることが多くなります。

1997年にはコービー・ブライアントが優勝しましたが、コービーでさえ会場を盛り上げることはできず、マンネリ感が漂っていました。

NBAは1998年のオールスターウイークエンドでスラムダンクコンテストを中止。

翌1999年はロックアウトのためオールスター自体が開催されませんでした。

迎えた2000年のオールスター、満を持して3年ぶりに開催されたスラムダンクコンテストは伝説になります。

存続の危機にあったスラムダンクコンテストを救ったのは、前年新人王に輝いた「エア・カナダ」ことビンス・カーター。

2年目のシーズン、トロント・ラプターズのエースとして大暴れしていたカーターは、オールスター本戦にも初選出されるなど、ブレイクを果たしていました。

ルーキーシーズンから数々の衝撃的なダンクを披露していたカーターに、観客の期待は高まります。

そんな中、最初のダンクでカーターは観客の期待をはるかに超えてしまいました。

左サイドからドリブルをつきながらリングにむかうと、通常とは逆の右に360度回転しながらウインドミルダンクを叩き込んだのです。

結果はもちろん50点満点。

豪快でありながら、あまりにも美しいそのダンクは、いまでもコンテスト史上最高のダンクの一つと言われています。

スピーディーで豪快なダンクですが、スローモーションでみると動きが美しく、もはや芸術です。

このダンクを2018年のスラムダンクコンテストで、ドノバン・ミッチェルがコピーして優勝しましたが、正直美しさが全く違いましたね。

最初のダンクで世界中のファンのハートをがっちりつかんだカーターは、2発目にリング下からの豪快ウインドミル、3発目にチームメイトであり、コンテスト出場者でもあるトレーシー・マグレディからのパスを空中で受けとりレッグスルーしてのダンクを完璧に決め、当然のようにファイナルに進みます。

この年のファイナルは3人。

ビンス・カーター、トレーシー・マグレディ、スティーブ・フランシスという、今考えれば豪華なファイナルだったのですが、正直カーターの独壇場でした。

ファイナル1発目はゴール下でジャンプするとリングに肘でぶら下がる「エルボーダンク」を披露。

今でこそ若手がコンテストで多用するエルボーダンクですが、初めて観たこの時は度肝を抜かれました。

そして最後はフリースローラインからのボースハンド(両手)ダンクを披露し、文句なしの優勝をはたします。

史上最高のダンカー、ビンス・カーターはこのたった1回のコンテスト出場で、伝説をつくりました。

ただカーターの場合、通常の試合の中でもコンテスト級のモンスターダンクを決め続けていましたからね。

「史上最高のダンカー」は、ビンス・カーターで間違いありません。

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1位 マック・マクラング

「史上最高のダンカー」はビンス・カーターですが、「史上最高のコンテストダンカー」は昨年の優勝でマック・マクラングのものになりました。

Gリーグを主戦場とする188㎝のコンボガードは、2023年のスラムダンクコンテストに初出場。

高校時代からド派手なダンクがSNSで話題になっていたマクラングですが、NBAドラフトで指名されず、Gリーグでチームを転々としながらNBA定着を目指す苦しい日々を送っていました。

そんな中2023年2月14日にフィラデルフィア・76ersと2way契約を結んだマクラングは、2月18日にスラムダンクコンテストに出場します。

明らかにコンテストのためだけにNBA契約を結んだマクラングに、世界中から「誰やねん」の声がこだましました。

ただ、マクラングの1発目のダンクで、会場の空気が一気に変わります。

肩車した男性2人(一人目はかがんでいますが)を飛び越えながら受けたボールを、一度バックボードにあててからリバースで叩き込んだマクラング。

あっさりと1発で成功させた瞬間、一気に会場がどよめきました。

次々に衝撃のダンクを披露したマクラングは、最後にSNSでバズった高校時代のユニフォームをまとい、540度回転しながらのリバースダンクで優勝をかっさらいました。

翌2024年もマクラングはNBAに定着することはできませんでしたが、スラムダンクコンテストには出場。

もう誰もマクラングの出場に文句を言いません(笑)。

高さとスピードとパワーをみせつけ、圧倒的な強さでファイナルに進んだマクラング。

ファイナルの相手は、ひさしぶりにスラムダンクコンテストに登場した大物選手、ジェイレン・ブラウン(セルティックス)でした。

ただ正直ブラウンではマクラングの相手になりませんでしたね。

最後はコートサイドで観戦していた216㎝のシャックを飛び越え、頭上にかかげていたボールをリバースで豪快にたたきこんだマクラングは、文句なしの50点満点で2連覇をはたしました。

2025年、3連覇を目指してスラムダンクコンテストに出場すると発表されたとき「いくらなんでも、ネタつきたやろ」と思っていました。

あまり小道具を使わず(人は使いますが)真っ向勝負するタイプのマクラングに、もうアイデアは残っていないのではと思ったのです。

そんな中、1発目のダンクで車が出てきたときには「ついにマクラングもか・・・」と思ってしまいました。

2011年のスラムダンクコンテストで、ブレイク・グリフィンが車を飛び越えるダンクを見せたのですが、ボンネットを飛び越えただけで「ああ・・・」と残念だったことを思い出したのです。

ただ、グリフィンより18㎝背の低いマクラングは違いました。

ゴール下まで大きなセダンを誘導すると、サンルーフから体を出した男性が頭上に掲げたボールを、飛び越えながらボースハンドリバースダンクで叩き込んだのです。

会場は熱狂。

もちろん50点満点。

この1発で、マクラングの優勝は決まったも同然でした。

2本目、3本目も50点のダンクを披露すると、最後はエバン・モーブリーを飛び越えながら、リングに1度タップしてからボースハンドダンクを決める大技をみせ、4本すべて満点を記録したマクラング。

圧巻の強さで史上初のスラムダンクコンテスト3連覇を果たしました。

正直NBAプレイヤーとはまだ言えないマクラングですが「スラムダンクコンテスト」に限ると、もうすでに史上最強のチャンピオンといえるでしょう。

現在河村勇輝選手とともにシカゴ・ブルズで2way契約を結び、Gリーグではチームメイトとして活躍しているマクラング。

今年のコンテストには出場しませんが、また来年世界中をアッと言わせるダンクをみせてほしいですね。

そのためにも、NBAに定着できるよう応援しましょう。

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まとめ

今回はNBAスラムダンクコンテストの歴代優勝者と、NBAを37年間観続けているわたくしリトルが選んだコンテストダンカーベスト5を語ってきました。

当たりはずれが激しいスラムダンクコンテストですが、ここ3年間はマクラングのおかげで本当に興奮させられました。

バスケの醍醐味スラムダンク。

これからも衝撃的なダンクをみせるニュースターの誕生を楽しみにしましょう。

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