【歴代高身長選手まとめ②】ラルフ・サンプソン ウェンバンヤマに最も近かった男

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先日「【歴代高身長選手まとめ①】ウェンバンヤマ超え ボル、ミュアサン、ヤオ・ミン」のタイトルで、NBAの歴代高身長四天王のうち、3人について記事にしました。

ちなみに、歴代最高身長231㎝がマヌート・ボルとジョージ・ミュアサン、3位タイの229㎝が、ショーン・ブラッドリーとヤオ・ミンなのですが、ショーン・ブラッドリーは以前別記事でまとめていますので、そちらもご覧ください。

今回から数回に分けて、今年ルーキーながら旋風を巻き起こしている、ビクター・ウェンバンヤマと同じ身長224㎝の選手を紹介していこうと思います。

NBAを35年間観つづけてきたわたくしリトルの、思い出とともに語っていきたいと思います。

レッツラゴー。

目次

ウェンバンヤマに最も近かった男 ラルフ・サンプソン 歴代高身長6位

ラルフ・サンプソン 224㎝ 103kg
1983年ドラフト1巡目全体1位(ヒューストン・ロケッツ)


456試合 15.4得点 8.8リバウンド 2.3アシスト 1.6ブロック FG48.6%

オールNBA2ndチーム 1985
NBA新人王 1984
NBAオールスター選出×4回 1984-87
NBAオールスターMVP 1985
バスケの殿堂入り 2012

224㎝103㎏の細身な体型。

224㎝とは思えないスピード。

アウトサイドからも楽々と得点を奪うシュート力。

相手のシュートを次々とブロックするディフェンス力。

サンプソンの特徴は、今年のルーキー、ビクター・ウェンバンヤマとそっくりでした。

残念ながら、私がNBAに興味を持ちだした1987-88シーズンには、サンプソンは膝のケガのため、全盛期を過ぎた状態でした。

できることなら、ラルフ・サンプソンがNBAデビューした時の熱狂を、実際に体験してみたかったですね。

今回は、サンプソンが圧倒的な輝きを放ったデビューからの3シーズンの軌跡をまとめました。

それでは、レッツラゴー。

オラジュワンとのツインタワー結成まで

1960年7月7日にバージニア州ハリソンバーグで生まれたサンプソンは、地元の高校を卒業後バージニア大学へ進学。

大学では圧倒的な活躍をみせ、3年連続でネイ・スミス賞、2年連続でジョン・ウッデン賞を獲得するなど、大学ナンバー1選手の座をゆるぎないものとします。

迎えた1983年のドラフト、当然のように1巡目全体1位でヒューストン・ロケッツに指名されました。

ルーキーシーズンは1試合平均21.0得点 11.1リバウンド 2.4ブロック FG52.3%と大活躍し、満票で新人王に輝きます。

ロケッツは29勝53敗と大きく負け越しますが、おかげで2年連続でドラフト全体1位の指名権を獲得。

1984年のNBAドラフトは、マイケル・ジョーダン、チャールズ・バークレー、クリス・マリン、ジョン・ストックトンなど、史上最高のドラフトと言われる大豊作でした。

ロケッツは、迷うことなく大学ナンバー1センターのアキーム・オラジュワンを指名。

こうして、史上最高と言われるツインタワーが結成されました。

ツインタワーの活躍~プレーオフでの快進撃

1984-85シーズン、サンプソンとオラジュワンのツインタワーは、期待通りの活躍をみせます。

二人のスタッツをまとめると・・・

1984-85 スタッツ
サンプソン  22.1得点 10.4リバウンド 2.0ブロック FG50.2%
オラジュワン 20.6得点 11.9リバウンド 2.7ブロック FG53.8%

サンプソンはNBA2年目にして、オールNBA2ndチームに選出。

ルーキーシーズンに続いてNBAオールスター戦に出場し、MVPにも輝きました。

ラリー・バード、マジック・ジョンソン、ジュリアス・アービング、カリーム・アブドゥル・ジャバー、アイザイア・トーマス、マイケル・ジョーダン・・・

歴史に残るスーパースターたちが出場しているオールスターの中で、MVPに選出されるほど、サンプソンの能力は際立っていたのです。

ちなみに新人のマイケル・ジョーダンに、アイザイア・トーマスが意図的にパスを回さなかったと言われている、いわくつきのオールスターです。

オラジュワンはオールルーキーチームに選ばれたのはもちろん、NBAオールディフェンシブ2ndチームにも選出されています。

オラジュワンが平均20.6得点 11.9リバウンド 2.7ブロックをあげながら、新人王に手が届かなかったのが、マイケル・ジョーダンの凄さをあらわしていますね。

ちなみに、新人王に輝いたマイケル・ジョーダンのルーキーシーズンのスタッツは、平均28.2得点 6.5 リバウンド 5.9アシスト 2.4スティール FG51.5%。

ルーキーシーズンからぶっ飛んでいます。

1984-85シーズン、ウエスタンカンファレンス第3シードでプレーオフに挑んだヒューストン・ロケッツでしたが、1stラウンドでユタ・ジャズに2勝3敗で敗れ去りました。

サンプソンとオラジュワンのツインタワー結成2年目、1985-86シーズン、2人のパワーバランスに変化が生じます。

このシーズンの2人のスタッツは・・・

1985-86スタッツ
サンプソン  18.9得点 11.1リバウンド 1.6ブロック FG48.8%
オラジュワン 23.5得点 11.5リバウンド 3.4ブロック FG52.6%

オラジュワンが2年目にして、オールNBA2ndチーム入りする大活躍をみせ、実質ヒューストン・ロケッツのエースに昇格。

サンプソンもしっかりと活躍し、ロケッツは51勝31敗、ウエスタンカンファレンス2位でプレーオフに進出します。

1stラウンドでサクラメント・キングス、カンファレンスセミファイナルでデンバーナゲッツを破り、迎えたカンファレンスファイナル。

敵は前年チャンピオンのロサンゼルス・レイカーズ。

マジック・ジョンソンを筆頭に、カリーム・アブドゥル・ジャバー、ジェームズ・ウォージーなど、圧倒的な戦力を誇るスター軍団レイカーズは、62勝20敗でウエスタンカンファレンス1位。

NBAファンの多くは、ファイナルでマジックvsバード(レイカーズvsセルティックス)のライバル対決を観たいと、強く希望していました。

圧倒的な逆風の中、ロケッツのツインタワーが奮起します。

当時39歳ながら、オールNBA1stチームに選出されていた名センター、カリーム・アブドゥル・ジャバーを2人がかりで攻略。

初戦はレイカーズが勝利したものの、その後ロケッツが4連勝!

ロケッツはツインタワー結成2年目で、ファイナル進出を決めました。

最終第5戦でサンプソンが決めたブザービーターは、史上最高のブザービーターの1つといっても、過言ではないほど劇的なものでした。

残り1秒からのスローイン。

奇跡のようなショットをご覧ください。

1986 NBAファイナルでの屈辱

NBAファイナルの相手は、このシーズンNBA全体1位の67勝15敗と、圧倒的な強さを誇ったボストン・セルティックス。

ラリー・バード、ケビン・マクヘイル、ロバート・パリッシュのビッグ3に加え、シーズン前にビル・ウォルトンを加えビッグ4となった1985-86シーズンのセルティックスは、歴代最強チームにもあげられているスーパーチームです。

史上最高のフロントラインと呼ばれたセルティックスと、ツインタワーロケッツのファイナルは、圧倒的にボストン・セルティックス有利と考えられていました。

第1戦でセルティックスは、サンプソンの弱点をついてきます。

224㎝の高さと機動力を誇り、ブロッカーとしても優秀だったサンプソンですが、ファウルトラブルに陥りやすいという弱点がありました。

徹底的に1on1を挑まれ、試合開始から5分で3ファウルとファウルトラブルに陥ったサンプソン。

オラジュワンが33得点12リバウンドと、必死な抵抗をみせますが、セルティックスのビッグ3を止めることはできず。

100-112で、セルティクスが初戦に勝利します。

第2戦もラリー・バードが38得点 8リバウンド 7アシスト 4スティール 2ブロックと圧倒的な活躍をみせ、セルティックスが2連勝。

このままセルティックスが圧勝するかと思われましたが、第3戦でラルフ・サンプソンがついに覚醒。

24得点22リバウンドを記録し、ロケッツが1勝を返します。

第4戦はサンプソンが25得点と活躍したものの、3点差でセルティックスが勝利し、1勝3敗とロケッツは追い込まれました。

第5戦は大荒れの展開。

第2クオーターでルーズボール争いから乱闘が発生。

もみ合いの中、サンプソンのふるったパンチが、止めに入ったデニス・ジョンソンの顔面をヒット!

サンプソンは即刻退場となり、この試合14分の出場で12得点に終わります。

絶体絶命のピンチに陥ったロケッツでしたが、サンプソンの退場で逆にチームが団結し、111-96で勝利。

2勝3敗で決戦の地、ボストンガーデンに向かいました(当時は第1戦、2戦と第6戦、第7戦を、レギュラーシーズン勝率が上のチームのホームで開催)。

サンプソンの退場によって、まとまりをみせていたロケッツでしたが、第6戦、ボストンガーデンの異様な雰囲気に、選手たちは飲み込まれていきます。

サンプソンがボールを持つたびに、巻き起こる大ブーイング。

サンプソンは12本シュートを放ったものの4本しか決めることができず、屈辱の8得点に終わります。

ラリー・バードが29得点 11リバウンド 12アシストと、トリプルダブルの活躍をみせたセルティクスが97-114で圧勝し、ツインタワーロケッツはあと一歩優勝に届きませんでした。

サンプソンには、「勝負弱い」というイメージがついていましたが、このファイナルでのプレーによるところも大きいと思われます。

ちなみに、1986年NBAファイナルでの、サンプソンとオラジュワンのスタッツをまとめると・・・

1986NBAファイナル スタッツ
サンプソン  14.8得点 9.5リバウンド 0.8ブロック FG43.8%
オラジュワン 24.7得点 11.8リバウンド 3.2ブロック FG47.9%

レギュラーシーズンと変わらないスタッツを残したオラジュワンは敗れたものの賞賛され、大きくスタッツを落とし、乱闘による退場騒ぎまで起こしたサンプソンは、戦犯にあげられました。

そして、その後もう2度とプレーオフの舞台で躍動するサンプソンの姿を見ることはありませんでした。

ラルフ・サンプソン ケガとの戦い

NBAデビューから4年連続でオールスター出場、前年にはNBAファイナル進出と、順風満帆にみえたサンプソンのキャリアに暗雲が立ちこめたのが1986-87シーズン。

腰と膝の慢性的な故障を抱えながらもプレーを続けていたサンプソンは、ついに膝の手術を行いますが、2か月後にはコートに復帰。

十分なリハビリを行うことなく、チームに復帰する判断は、サンプソンの選手生命を一気に縮めることとなります。

サンプソンの膝は、2度と元に戻ることはありませんでした。

結局1986-87シーズン、サンプソンは39試合を欠場。

平均15.6得点、8.7リバウンドと、ロールプレイヤー化していきます。

1987-88シーズンには、無情にもヒューストン・ロケッツからゴールデンステート・ウォリアーズにトレード。

その後サンプソンは、サクラメント・キングス、ワシントン・ブレッツ(現ウィザーズ)と渡り歩き、1991-92シーズン途中でNBAを静かに去っていきました。

NBAの未来を託された224㎝のオールラウンドプレイヤー、ラルフ・サンプソンは、最初の3シーズンで強烈な光を発しながら、ケガにより本来の力を発揮することなく、コートを去っていきました。

もし1987-88シーズン、手術の後全休しリハビリに時間を費やしていたら・・・サンプソン自身、悔やんでも悔やみきれないでしょう。

本来ならバルセロナオリンピックで結成された、初代ドリームチームに選出されていてもおかしくない逸材でした。

ビクター・ウェンバンヤマには、サンプソンを反面教師として、無理せず活躍を続けて行ってほしいと思います。

本当にNBAの未来を変えられる逸材だと思いますから。

スパーズで、ポポビッチHCの指導の下では、心配ないと思いますけどね。

まとめ

今回は、NBAの長い歴史の中で、最もビクター・ウェンバンヤマに近かった選手、ラルフ・サンプソンについて語りました。

世界最高峰のNBAでも、224㎝という圧倒的な身長とコートを走り回れるスピード、ガードのようなテクニックを持ち合わせた選手は、そうは登場しません。

サンプソンが怪我無く活躍する未来を観てみたかったですね。

オラジュワンとのツインタワーで、ロケッツはきっと優勝していたんじゃないでしょうか?

シカゴ・ブルズとのファイナル対決も観てみたかったなあ・・・。

色々と妄想が広がります。

現在のNBAは、渡邊雄太、八村塁と2人の日本人選手が活躍するという、古くからのバスケファンにとって、奇跡のような状況です。

ビクター・ウェンバンヤマやチェット・ホルムグレンなど、異次元の才能をもつ新人も登場しています。

そして39歳となる〝キング″レブロン・ジェームズも選手生活終盤、いつプレーが観られなくなるかわかりません。

ぜひ悔いのないよう、NBAを楽しみましょう。

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