またもやレブロン・ジェームズがNBAの歴史を塗り替えました。
現地時間2026年3月21日、オーランド・マジックの本拠地キア・センターで行われたマジック戦で、レブロンはレギュラーシーズンの歴代最多出場試合数記録を更新したのです。
これまでの記録は、ボストン・セルティックスなどで活躍したロバート・パリッシュの1611試合でしたが、レブロンはマジック戦が1612試合目の出場でした。
レブロンが恐ろしいのは、41歳となった今もバリバリの主力として活躍していることですね。
NBAの歴史上、41歳で平均20得点以上する選手はいませんでしたから。
今回はレブロンの新記録を記念して、レギュラーシーズン歴代通算出場試合数ベスト5の選手たちの、通算スタッツと現役最終年のスタッツをまとめ、その活躍を語っていきます。
豪華なメンバーがそろう「通算出場試合数ランキング」。
それでは、レッツラゴー!
NBA歴代通算出場試合数ベスト10
まずはレギュラーシーズン(RS)NBA歴代通算出場試合数ベスト10を見てみましょう。
ちなみに記録は3月末時点のもので、レブロンの記録はもちろん日々更新中です。
NBA通算出場試合数(RS)ベスト10(2026年3月末時点)
1位 レブロン・ジェームズ 1617試合(更新中)
2位 ロバート・パリッシュ 1611試合
3位 カリーム・アブドゥル・ジャバー 1560試合
4位 ビンス・カーター 1541試合
5位 ダーク・ノビツキー 1522試合
6位 ジョン・ストックトン 1504試合
7位 カール・マローン 1476試合
8位 ケビン・ガーネット 1462試合
9位 モーゼス・マローン 1455試合
10位 ケビン・ウイリス 1424試合
なかなかのスター選手たちが名前を連ねています。
超人的な能力をもつ若手がひしめくNBAの中で、大ベテランになっても試合に出場できる選手はほんの一握りですからね。
誰もが知るスーパースターたちがそろうのも、当然でしょう。
それではレギュラーシーズン通算出場試合数の上位5人について、一人ひとり語っていきたいと思います。
1位 レブロン・ジェームズ
レブロン・ジェームズ基本情報
206㎝ 113㎏ SF/PF
1984年12月30日生まれ
2003年ドラフト 1巡目全体1位(キャバリアーズ)
2003-10 キャバリアーズ
2010-14 ヒート
2014-18 キャバリアーズ
2018-現在 レイカーズ
通算スタッツ(3月31日現在)
1617試合(先発1615試合) 37.7分出場
26.8得点 7.5リバウンド 7.4アシスト 1.5スティール
FG50.7% 3P34.8% FT73.7%
今シーズンスタッツ(2025-26)
54試合(先発54試合) 33.6分出場
20.7得点 6.0リバウンド 7.0アシスト 1.1スティール
FG51.2% 3P31.4% FG74.4%
NBAの歴史を日々塗り替え続けているレジェンド、レブロン・ジェームズ。
41歳となった現在も、ファーストブレイクで先頭を走り、敵を吹っ飛ばし豪快なダンクで観客を熱狂させています。
レブロンは人類の常識を覆しつづけていますね。
ここまで‶老い″にあらがうことができた人間が、他にいたでしょうか?
レブロンについては、もはや説明不要かと思います。
2023年2月7日にNBAの歴代通算最多得点を更新するなど、数々のNBA記録を塗り替え続けているレブロンは、現役ながらすでにレジェンドの一人ですね。
GOAT(Greatest Of All Time:史上最高)の座をマイケル・ジョーダンと争うスーパースター、レブロン・ジェームズについては、こちらの記事をご覧ください。
今シーズンのレブロンは2026年3月末時点で平均20.7得点 6.0リバウンド 7.0アシストを記録しています。
素晴らしいスタッツですが‶レブロン・ジェームズのスタッツ″としては物足りないのも事実ですね。
平均20.7得点はルーキーシーズンの20.9得点を下回り自己最低。
NBA23シーズンで平均26.8得点を記録しているレブロンとしては、かなり物足りない数字です。
ただし現在のレイカーズには平均得点リーグトップのドンチッチがいますからね。
ルカ・ドンチッチ、レブロン・ジェームズ、オースティン・リーブス。
ボールを持つことが大好きな得点力の高い3選手を擁するレイカーズは一時かなり不安定な状態でしたが、レブロンがボールキープ率を減らしてから、チームは勝利を重ねています。
大ベテランながら、勝利のために懸命にプレーするレブロン。
もう一度NBAファイナルで戦うレブロンを観てみたいですね。
2位 ロバート・パリッシュ
ロバート・パリッシュ基本情報
216㎝ 111㎏ C
1953年8月30日生まれ
1976年ドラフト 1巡目全体8位(ウォリアーズ)
1976-80 ウォリアーズ
1980-94 セルティックス
1994-96 ホーネッツ
1996-97 ブルズ
通算スタッツ
1611試合(先発1138試合) 28.4分出場
14.5得点 9.1リバウンド 1.4アシスト 1.5ブロック
FG53.7% 3P- FT72.1%
ラストシーズンスタッツ(1996-97)
43試合(先発3試合) 9.4分出場
3.7得点 2.1リバウンド 0.5アシスト 0.4ブロック
FG49.0% 3P- FG67.7%
ラリー・バード、ケビン・マクヘイルとともに、ボストン・セルティックスの黄金期をつくった名センター、ロバート・パリッシュ。
当時では珍しい216㎝の巨体とスピードを持ち合わせ、インサイドで無類の強さを発揮したレジェンドです。
ボストン・セルティックスで14シーズンを主力として過ごし、チームを3度のNBAチャンピオンに導いたパリッシュは、衰えのみえてきた1993-94シーズン終了後にシャーロット・ホーネッツへ送られます。
衰えがみえたといっても、ボストンでのラストシーズンとなった1993-94シーズンには、40歳ながら平均11.7得点 7.3リバウンド 1.3ブロックを記録していました。
ただ若手がそろうホーネッツでは出番が激減し、ベンチを温める日々。
引退がチラつく中、パリッシュが最後に選んだのは、マイケル・ジョーダンが大リーグ挑戦から帰ってきて、3年ぶりの優勝を目指すシカゴ・ブルズでした。
43歳でむかえた1996-97シーズン、シカゴ・ブルズで43試合に出場したパリッシュは、平均9.4分の出場にとどまったものの、シカゴ・ブルズの優勝に貢献しています。
ただ往年の力強さはなく、ガベージタイムに出場するとアリーナが沸く状況でした。
ホームコートでパリッシュが得点を決めると、愛称の「チーフ」を、ファンが叫んでいたのを思い出しますねえ。
パリッシュはブルズで自身4度目の優勝をはたし、1611試合プレーしてきたNBAを引退しました。
パリッシュのすごさは、ブルズでプレーした現役最後のシーズン(43試合出場)を除く20シーズンすべてで72試合以上に出場していること。
まさに鉄人ですね。
今回パリッシュの記録を抜いたレブロンがキャリア23年目であることを考えると、21シーズンの間パリッシュがいかに休まずプレーを続けてきたかがおわかりいただけるかと思います。
今回パリッシュは、自らのNBA記録を塗り替えたレブロンを祝福しています。
「嬉しく思うし、君(レブロン)のことを誇りに思っている」
「1611試合という『鉄人』の記録を打ち破るにふさわしい選手は、レブロンしかいない。本当にふさわしい選手だと私は思う」
レブロンを賞賛するコメントを贈ったパリッシュには「チーフ(酋長)」というニックネームがぴったりですね。
3位 カリーム・アブドゥル・ジャバー
カリーム・アブドゥル・ジャバー基本情報
218㎝ 102㎏ C
1947年4月16日生まれ
1969年ドラフト 1巡目全体1位(バックス)
1969-75 バックス
1975-89 レイカーズ
通算スタッツ
1560試合(先発 不明) 36.8分出場
24.6得点 11.2リバウンド 3.6アシスト 2.6ブロック
FG55.9% 3P- FT72.1%
ラストシーズンスタッツ(1988-89)
74試合(先発74試合) 22.9分出場
10.1得点 4.5リバウンド 1.0アシスト 1.1ブロック
FG47.5% 3P- FT73.9%
NBAの歴史に残る名センター、カリーム・アブドゥル・ジャバー。
いまだにGOAT(史上最高の選手)議論では、ジョーダン、レブロンとともに名前が上がるスーパースターです。
現地時間2023年2月7日、レブロン・ジェームズが自身通算38388点目を決め、NBAの通算個人通算得点記録を塗り替えるまで、33年間にわたり記録を保持していたジャバーは、たんなるスコアラーではなく、偉大なディフェンダーでもありました。
ドラフト全体1位でミルウォーキー・バックスに入団し、1年目から平均28.8得点 14.5リバウンドを記録し、当然のように新人王を獲得。
2年目(31.7得点 16.0リバウンド)にはシーズンMVPを受賞し、バックスをNBAチャンピオンに導き、ファイナルMVPも獲得しています。
3年目(34.8得点 16.6リバウンド)5年目(27.0得点 14.5リバウンド 3.5ブロック)にもシーズンMVPに輝く圧倒的な結果を残し、自身6シーズン目を終えたところでロサンゼルス・レイカーズへ移籍。
レイカーズ1年目の1975-76シーズン(27.7得点 16.9リバウンド 4.1ブロック)、4度目のシーズンMVPを受賞し、実力を証明します。
1979年のNBAドラフト1巡目全体1位でマジック・ジョンソンがレイカーズに加入すると「ショータイムレイカーズ」の人気は大爆発。
ビッグマンとしてはスリムで走力もあったジャバーは、ラン&ガンスタイルの戦術にも対応し、縦横無尽にコートを駆け回り、レイカーズに数々の勝利をもたらしました。
1976-77、1979-80にもシーズンMVPに輝き、1985年のNBAファイナルではファイナルMVPを受賞。
通算6回のシーズンMVP受賞はNBA史上最多記録です(2位はマイケル・ジョーダンとビル・ラッセルの5回)。
1985年のNBAファイナルでは、宿敵ボストン・セルティックス相手に平均25.7得点を記録し、38歳で自身2度目のファイナルMVPも受賞しています。
まさにモンスターですね。
バックスで1回、レイカーズで5回、計6回の優勝をはたした真の勝者であるジャバーでしたが、わたくしリトルが知るジャバーは、まさに引退前の衰えた姿でした。
現役最後の1988-89シーズン、41歳のジャバーはかなりスローモーでしたが、時折みせるスカイフックの精度が高かったのを覚えています。
明らかにスピードはなく、体力も衰えているようにみえましたが、それでもここぞという場面では、頼りになる大黒柱でした。
結果41歳でむかえた現役最後のシーズンでも、出場した74試合すべてで先発出場し、平均10.1得点 4.5リバウンドを記録しています。
当時は「41歳にもなって2桁得点ってスゲーな!」と思っていましたが、レブロンが常識を覆してしまいましたからねえ・・・。
4位 ビンス・カーター
ビンス・カーター基本情報
198㎝ 100㎏ SG/F
1977年1月26日生まれ
1998年ドラフト 1巡目全体5位(ウォリアーズ)
1998-04 ラプターズ
2004-09 ネッツ
2009-10 マジック
2010-11 サンズ
2011-14 マーベリックス
2014-17 グリズリーズ
2017-18 キングス
2018-20 ホークス
通算スタッツ
1541試合(先発982試合) 30.1分出場
16.7得点 4.3リバウンド 3.1アシスト
FG43.5% 3P37.1% FT79.8%
ラストシーズンスタッツ(2019-20)
60試合(先発0試合) 14.6分出場
5.0得点 2.1リバウンド 0.8アシスト
FG35.2% 3P30.2% FT79.3%
NBA史上最高のダンクアーティスト、ビンス・カーター。
圧倒的な身体能力をもち、数々のハイライトシーンを創りだしてきたカーターですが、22年間もNBAでプレーする息の長い選手になるとは、当時は夢にも思っていませんでした。
マイケル・ジョーダンと同じノースカロライナ大学でプレーしたカーターは、チームメイトのアントワン・ジェイミソンとともに1998年のNBAドラフトにエントリーすると、全体5位でゴールデンステイト・ウォリアーズから指名を受けます。
ドラフト当日に、全体4位でトロント・ラプターズから指名されていたアントワン・ジェイミソンとトレードされると、1年目から衝撃的なダンクを連発し、新人王を獲得。
2000年のスラムダンクコンテストは、伝説となっていますね。
詳細はこちらの記事をご覧ください。
2年目にしてファン投票リーグ最多得票でオールスターに出場もしています。
アメリカ代表としてプレーした2000年のシドニーオリンピックでは、218㎝のフランス人センター、フレデリック・ワイスを飛び越えるバスケットボールの歴史上最高のダンクを披露。
驚異的なジャンプ力と超人的な身体能力、そして創造性の高い華麗なダンクで、カーターはNBAを代表するスター選手になりました。
トロント・ラプターズで不動のエースとなったカーターでしたが、チームのフロント陣との確執が表面化し、NBA7シーズン目の途中にニュージャージー(現在ブリックリン)・ネッツに移籍。
名司令塔ジェイソン・キッドとの名コンビは、まさにエキサイティングでしたね。
しかし身体能力頼みのプレイヤーあるあるですが、30歳を超えると徐々に衰えが見え始めます。
2009年のオフ、32歳となったカーターはネッツからオーランド・マジックに移籍しますが、期待された得点力を発揮することはできず(平均16.6得点)。
身体能力を武器にした選手たちがぶつかる年齢の壁がカーターにもせまり、一時は引退も囁かれていました。
しかしカーターは飛べなくなった代わりに、シュート力を磨いていきます。
チームのエースから、エースを支えるスポットアップシューターとして、勝利に貢献するためにプレースタイルを変更していったのです。
NBAを代表するスターが衰えてきたときに、プライドが邪魔してプレースタイルを変えることができない選手が多い中、カーターは勝利のために脇役的な役割を受け入れます。
経験と献身性を武器に、チームを転々とし、ベテランシューターとして43歳までプレーを続けたカーター。
現役最後の試合となった2020年3月11日のニューヨーク・ニックス戦、カーターはホークスの一員として12分39秒間プレー。
ホークスは延長の末に敗れてしまいましたが、試合終了残り19.5秒でカーターはコートに立つと、残り12.6秒で22年間の選手生活に終止符を打つ3ポイントシュートをヒット!
大盛り上がりするホークスベンチだけでなく、ニックスの選手たちからも祝福を受けていました。
惜しいのは、コロナの影響で満員のアリーナでのプレーではなかった点ですねえ。
NBA7年目のシーズン目にトロント・ラプターズのフロントに自分のトレードを要求し、ケガを偽ったりやる気のないプレーをみせたりして強引に出ていき、ファンからブーイングを受けた選手が、これだけ自らのプレースタイルを変え、若手のメンターの役割まで果たすとは・・・。
結局2024年11月2日、ラプターズはカーターの背番号15を、チーム初の永久欠番とする式典を行っています。。
ある意味今回の「レギュラーシーズン通算出場試合数ベスト10」の中で、もっとも意外な選手なのかもしれません。
5位 ダーク・ノビツキー
ダーク・ノビツキー基本情報
213㎝ 111㎏ PF
1978年6月19日生まれ
1998年ドラフト 1巡目全体9位(バックス)
1994-19 マーベリックス
通算スタッツ
1522試合(先発1460試合) 33.8分出場
20.7得点 7.5リバウンド 2.4アシスト
FG43.5% 3P37.1% FT79.8%
ラストシーズンスタッツ(2018-19)
51試合(先発20試合) 15.6分出場
7.3得点 3.1リバウンド 0.7アシスト
FG35.9% 3P31.2% FT78.0%
史上最高のシューティングビッグマン、ダーク・ノビツキー。
NBAを37年間観続けてきたわたくしリトルにとって、大変思い入れの深い選手です。
ビンス・カーターと同じ1998年のNBAドラフトで、1巡目全体9位でミルウォーキー・バックスから指名をうけたノビツキーは、ドラフト当日のトレードでダラス・マーベリックス入りすると、一度もチームを離れることなく21シーズンプレーしました。
キャリア初期は線が細く、パワーフォワードとしてはNBAで戦うことができず、批判の対象とされ苦しい時期を過ごしたノビツキー。
ルーキーシーズンは47試合(うち24試合先発)に出場しながらも20.4分の出場に終わり、8.2得点 3.4リバウンド 1.0アシスト FG40.5% 3P20.6%と期待どおりの活躍を見せることはできず、「マブスはドラフトで失敗した」という今となっては冗談としかいえないような声も聞かれていました。
しかし2年目の1999-00シーズン、当時ヘッドコーチだった名将ドン・ネルソンは、ノビツキーのバスケットボールセンスを生かすためポイントフォワードとして起用。
ノビツキーに攻撃の自由を与え、才能が開花します。
スタッツは17.5得点 6.5リバウンド 2.5アシストと1年目からほぼ倍増。
新しいチームの光となりました。
新オーナーとなったマーク・キューバンの資金力とバスケットボール愛もあり、マーベリックスは強豪チームの仲間入りを果たし、ノビツキーはスーパースターの仲間入りを果たしていきます。
2005-06シーズンにはチームをNBAファイナルに導くも、マイアミ・ヒートの若きエース、ドウェイン・ウェイドに爆発を許し、惜しくも優勝には手が届かず。
翌2006-07シーズン、ノビツキーは平均24.6得点をFG50.2% 3P41.6% FT90.4%の高確率で決め続け、自身初の50-40-90クラブ入りし、初のシーズンMVPを受賞します。
そして2010-11シーズン、ノビツキー擁するダラス・マーベリックスは2度目のファイナル挑戦で、ついにNBAチャンピオンの座をつかみとりました。
レブロン・ジェームズ、ドウェイン・ウェイド、クリス・ボッシュの超強力ビッグ3擁するマイアミ・ヒート相手に、獅子奮迅の活躍をみせたノビツキーは、当然のようにファイナルMVPを受賞。
32歳でついにNBAの頂点に立ったノビツキーでしたが、史上最強のシューティングビッグマンにも年齢による衰えはやってきます。
34歳でむかえた2012-13シーズン、ノビツキーはオフに膝の手術を行い開幕から27試合を欠場。
平均得点は13シーズンぶりに20点を切る17.3得点に終わりました。
しかし翌シーズンには平均21.7得点を記録し、オールスターにも復帰、完全復活をはたします。
それでも30代後半となったノビツキーは徐々に衰えが目立つようになりました。
40歳でむかえた2018-19シーズン、ノビツキーはシューティングスランプにおちいり出場時間も激減。
出場した51試合のうち20試合に先発出場したものの、出場時間は平均15.6分、自己最低の平均7.3得点に終わります。
誰もがノビツキーの引退を意識していましたが、本人は沈黙を貫いていました。
そして現地時間4月9日に行われた、フェニックス・サンズとのホーム最終戦。
ノビツキーは自分に残されたすべての力を吐き出すように、次々とシュートを打ち続け、30得点 8リバウンド3アシストを記録し、チームを勝利に導きます。
試合終了後にはド派手な引退セレモニーが行われ「みんなが予想しているうように、これが僕にとって最後のホームゲームだ」と、ついに現役引退の意向を表明したノビツキー。
試合中に「One More Year!(もう一年)」と声を張り上げていた地元のファンたちは、ノビツキーのインタビューの後「Thank You Dirk!(ありがとうダーク)」と言葉を変え、アリーナは最高の盛り上がりをみせていました。
涙を浮かべて感謝をあらわすノビツキー。
それはそれは感動的なシーンでした・・・。
ノビツキーが引退を決めたシーズン、マブスには大きな変化がありました。
この年新人王を獲得したルカ・ドンチッチの存在です。
ルーキーながらマブスの新エースとして、ノビツキーからバトンを受けたドンチッチは、ノビツキーが30得点を記録したホーム最終戦でも、21得点 16リバウンド 11アシストのトリプルダブルを記録しています。
同じヨーロッパ出身のスターであるドンチッチの登場で、ノビツキーも心おきなく引退を決意できたのではないでしょうか?
まさかその後ドンチッチが黄色いユニフォームを着ることになるとは夢にも思っていませんでしたが・・・。
シーズン最終戦、敵地でのサンアントニオ・スパーズ戦でもノビツキーは20得点 10リバウンドと大活躍。
有終の美をかざりました。
ノビツキーと同時にドウェイン・ウェイドも引退し、2019年4月10日は感傷的な1日にだったことを思い出しますねえ。
まとめ
今回はNBAの歴代通算出場試合数(レギュラーシーズン)上位5選手について語ってきました。
NBAの歴史に残る5選手は、超人がそろうリーグで長期間にわたって活躍をつづけたレジェンドです。
NBAを37年間観続けてきたわたくしリトルは、幸運にも全員のラストシーズンを観ることができました。
ただやはり40歳を過ぎると、明らかな衰えがみえるのがバスケットボール選手の宿命・・・と思っていました。
まさか40歳を超えてもモンスターダンクで敵を蹴散らす選手が出てくるなんて、思ってもいませんでした!
やはりレブロンは怪物です。
たださすがのレブロンでも永遠にプレーすることはできません。
今わたしたちにできることは、レブロンの雄姿をこの目に焼きつけることですね。
はたして来シーズンのレブロンはどこでプレーしているのか?
それともユニフォームを脱いでしまうのか?
今後の動向に注目していきましょう。
最後までご覧いただきありがとうございました。

