【クリス・ポールが2位に浮上】NBA歴代通算スティール数ランキング

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2025年のオールスターも終わり、2024-25シーズンもいよいよ終盤に突入していく中、現地時間2月20日に行われたサンズ戦で、スパーズのクリス・ポールがまた一つ偉大な記録をつくりました。

試合開始6分36秒、デビン・ブッカーからブラッドリー・ビールにパスがわたったところを、ポールがすかさずスティール。

このスティールで自身の通算スティールを2685とし、ジェイソン・キッドを抜いて歴代2位となったのです。

クリス・ポールはすでに通算アシスト数でもジョン・ストックトンに次ぐ歴代2位の記録をもっています。

得点、アシスト、リバウンドなどに比べると地味なスティールですが、歴代のランキングをみると、名選手がそろっているんです。

今回は歴代のスティール数ランキングをまとめ、上位5人の選手について、まとめていきたいと思います。

それではレッツラゴー!

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目次

NBA歴代通算スティール数ランキング

バスケでいうスティールとは、ディフェンスの選手が、相手のボールを奪う行為。

ドリブルカットや、パスカットが主になりますが、ファウルをせずに相手からボールを奪うのは、実際なかなか難しいです。

相手のプレーを読み切るだけの高いバスケットボールIQを持ち、反射神経とスピードをもつプレイヤーでなければ、スティールを重ねることはできません。

NBA通算スティール数ランキングをみても、非常にクレバーなスター選手が並んでいることがおわかりいただけるかと思います。

NBA通算スティール数ランキング(2025年2月24日現在)
1位 ジョン・ストックトン(ユタ・ジャズ)
   3265スティール  1504試合
   平均2.17スティール

2位 クリス・ポール(サンアントニオ・スパーズ他 ※現役)
   2686スティール  1326試合
   平均2.00スティール

3位 ジェイソン・キッド(ニュージャージー・ネッツ他)
   2684スティール  1391試合
   平均1.93スティール

4位 マイケル・ジョーダン(シカゴ・ブルズ他)
   2514スティール  1072試合
   平均2.35スティール

5位 ゲイリー・ペイトン(シアトル・スーパーソニックス他)
   2445スティール  1335試合
   平均1.83スティール

6位 レブロン・ジェームズ(ロサンゼルス・レイカーズ他 ※現役)
   2321スティール  1543試合
   平均1.50スティール

7位 モーリス・チークス(フィラデルフィア・76ers他)
   2310スティール  1101試合
   平均2.13スティール

8位 スコッティ・ピッペン(シカゴ・ブルズ他)
   2307スティール  1178試合
   平均1.96スティール

9位 クライド・ドレクスラー(ポートランド・トレイルブレイザーズ他)
   2207スティール  1086試合
   平均2.03スティール

10位 アキーム・オラジュワン(ヒューストン・ロケッツ他)
   2162スティール  1238試合
   平均1.75スティール
 
   

通算スティール数歴代ベスト10をまとめました。

ディフェンスだけでなく、オフェンスでも大きな功績を残したスター選手ばかりです。

過去のスーパースターがそろう中、クリス・ポール、レブロン・ジェームズと2人の現役選手が名を連ねていますね。

NBAを36年間観つづけているわたくしリトルにとっては、思い出深い選手ばかりです。

7位のモーリス・チークスは、1978-93の間に現役選手として活躍したポイントガードなので、わたくしリトルがNBAを観はじめた時には、すでに全盛期を過ぎていましたが・・・。

それでは1位から順に、上位5選手について語っていきたいと思います。

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歴代スティール数1位 ジョン・ストックトン

ジョン・ストックトン(1984ー2003)
所属:ユタ・ジャズ
ポジション ポイントガード
スティール王×2(1989 92)

圧倒的なスティール数を残し、歴代1位に君臨しているジョン・ストックトン。

NBAの中には、絶対に抜けないであろう記録がいくつかあります。

ウィルト・チェンバレンが持つ総リバウンド数、そしてジョン・ストックトンが持つ総アシスト数と総スティール数です。

まあアンタッチャブルの代表と言われていたカリーム・アブドゥル・ジャバーの総得点の記録も、レブロン・ジェームズが抜き去ってしまいましたから、これから何が起こるかわかりませんが・・・。

19シーズンにわたりほぼ休みなく試合に出続けた鉄人ストックトンが積み上げたスティールの数は驚異の3265。

現在39歳のクリス・ポールが、欠場なく1試合平均2.0スティールを続けたとしても、これから3シーズン半かかる計算となります。

正直今の状況でクリス・ポールがジョン・ストックトンのスティール記録を抜くことは不可能でしょう。

これはアシストに関しても同様ですが。

決して高い身体能力をもちあわせているわけではないストックトンが、ここまで圧倒的な記録を残してきた理由は、歴代最強クラスのバスケIQと、丈夫な身体によるものです。

185㎝と小柄で、目をみはるような身体能力を持ち合わせているわけではないストックトンが、初代ドリームチームに選出されるほどのスター選手となったのは、バスケIQとパスセンスが突出していたためです。

ストックトン&マローンの時代のユタ・ジャズの試合をみると、ノーマークになった選手に面白いようにパスがわたり、簡単に得点が決まってしまいます。

まるでストックトンがコートを俯瞰で見ているようです。

ストックトンのバスケIQが発揮されるのは、オフェンスだけではありません。

ディフェンスでも次に相手が何をしてくるのかを考え、常に相手の一手先を読み、激しいプレッシャーでボールを奪ってしまうのです。

かつてあの悪童デニス・ロッドマンが「あんな汚いプレイヤーはいねえ」と非難したほど、激しいプレーをみせるストックトンですが、これは勝利に対する欲求の高さゆえでしょう。

史上最強の負けずぎらいと言われるコービー・ブライアントは、もっとも尊敬する選手としてジョン・ストックトンの名前をあげていましたからね。

バスケIQと勝利への欲求が、ストックトンを成功に導いたのです。

もうひとつ、ストックトンの最大の武器といえるのが、丈夫な身体です。

ストックトンが現役だった19シーズンのうち、全試合に出場したのはなんと17シーズン!

19シーズンのうち、欠場したのはたったの22試合です。

1997-98シーズン開幕前に左膝遊離軟骨除去手術を受け、開幕から18試合を欠場した以外は、ほぼ健康体を維持しています。

これだけ丈夫な選手は、なかなか今後も現れないかもしれませんね。

ストックトンの1試合平均スティールは現役通算で2.17。

ストックトンがもっとも高い平均スティールを記録したのは1988-89シーズンの3.2です。

わたくしリトルがストックトン&マローンに夢中になったのが、ちょうどこの頃でした。

バスケ部仲間と、ストックトン&マローンを目指し、ピック&ロールを練習したのを思い出します。

試合では全然うまくいきませんでしたが(笑)。

NBAを36年間観つづけてきたわたくしリトルにとって、史上最高の司令塔は、今でもジョン・ストックトンです。

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歴代スティール数2位 クリス・ポール

クリス・ポール(2005-  )
所属:ニューオーリンズ・ペリカンズ
   ロサンゼルス・クリッパーズ
   ヒューストン・ロケッツ
   オクラホマシティ・サンダー
   フェニックス・サンズ
   ゴールデンステイト・ウォリアーズ
   サンアントニオ・スパーズ
ポジション ポイントガード
スティール王×6(2008 09 11-14)

サンアントニオ・スパーズの司令塔として、39歳となった今でも活躍をつづけるクリス・ポール。

「ついにここまで来たか」というのが正直な感想です。

すでに通算アシスト数はストックトンに次ぐ歴代2位でしたが、今回スティール数でもジェイソン・キッドを抜き、こちらもストックトンに次いで歴代2位となったのです。

183㎝ 79㎏の小柄なポイントガードは、ストックトンにも負けないバスケIQの高さで、常に所属チームを強豪に押しあげてきました。

2005年のNBAドラフト1巡目4位でニューオーリンズ・ホーネッツに指名され、NBAデビュー。

当時は1巡目3位でユタ・ジャズに指名されたデロン・ウイリアムズ(D-Will)と、どちらが優れたポイントガードか、注目されていました。

ユタ・ジャズファンのわたくしリトルは全力でD-Willを推していましたが・・・。

ポールは1年目から司令塔として大活躍。

ルーキーながら1試合平均16.1得点 5.1リバウンド 7.8アシスト 2.2スティールと、一流ポイントガードであることを証明し、前年18勝64敗でウエスタンカンファレンス最下位だったホーネッツを、38勝44敗へ引き上げました。

3年目の2007-08シーズンには56勝26敗を記録し、ホーネッツはウエスタンカンファレンス第2シードでプレーオフに進出。

1stラウンドでダラス・マーベリックスに4勝1敗で完勝。

カンファレンスセミファイナルではサンアントニオ・スパーズに最終第7戦で敗れたものの、プレーオフ12試合すべてに出場したポールは、1試合平均24.1得点 4.9リバウンド 11.1アシスト、そして2.3スティールを記録し、攻守両面で獅子奮迅の活躍をみせ、トップポイントガードとして評価を高めました。

ちなみに、この2007-08シーズン、ポールは平均2.7スティールを記録し、初のスティール王に輝いています。

平均11.6アシストも記録し、アシスト王とスティール王を同時に獲得。

NBA3年目で誰もが認めるトップポイントガードとなりました。

翌2008-09シーズンもアシスト王、スティール王に輝くと、2010-11シーズンは3度目のスティール王となり、シーズンオフにトレードでロサンゼルス・クリッパーズに移籍。

5シーズンプレーオフ進出がなかった弱小クリッパーズを、1年目からカンファレンスセミファイナルに導きます。

ポールは司令塔としてだけでなく、クリッパーズ移籍後3年連続でスティール王に輝くなど、最強のペリメーターディフェンダーとしての評価を高めました。

6度のスティール王は、歴代最多です。

ポールに続くのは、3度スティール王に輝いたマイケル・レイ・リチャードソン、アルビン・ロバートソン、マイケル・ジョーダン、アレン・アイバーソンと名選手ばかり(マイケル・レイ・リチャードソンは薬物でNBAを追放されていますが・・・)。

ポールはNBAオールディフェンシブチームに9回選出(1stチーム×7 2ndチーム×2)されています。

ポイントゴッドは、ディフェンスでもゴッドでしたね。

ただ、ポールは残念ながらNBAチャンピオンとは無縁でした。

クリッパーズ⇨ロケッツ⇨サンダー⇨サンズ⇨ウォリアーズ⇨スパーズと移籍をくりかえし、常にチームを強豪に押しあげてきましたが(ウォリアーズだけはフィットしませんでしたが・・・)、NBAファイナルに進出したのはサンズ時代の1度だけです。

今年の5月6日に40歳となる名司令塔は、ウェンバンヤマとのコンビで最後にチャンピオンの座をつかむことができるのか。

いまでも1.9スティールを記録している、最強のペリメーターディフェンダーは、まだ戦い続けてくれるでしょう。

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歴代スティール数3位 ジェイソン・キッド

ジェイソン・キッド(1994ー2013)
所属:ダラス・マーベリックス×2
   フェニックス・サンズ
   ニュージャージー・ネッツ
   ニューヨーク・ニックス
ポジション ポイントガード
スティール王×0

ディフェンス力の高いポイントガードはたくさんいますが、バスケIQが高くスピードもありながら、屈強な身体をもちあわせている選手となると、思い浮かぶのはこのジェイソン・キッドでしょう。

当時のポイントガ―ドとしては193㎝ 95㎏とサイズに恵まれていたキッドは、フィジカル面でも相手を圧倒していました。

現役通算で1試合平均6.3リバウンドを残していることからも、フィジカルの強さをおわかりいただけるかと思います。

〝ミスター・トリプルダブル″と言われるジェイソン・キッドは、チームの勝利のために攻守にわたって全力でプレーする、熱い男でした。

1994年のNBAドラフト1巡目全体2位でダラス・マーベリックスから指名されNBA入りすると、1年目から非凡なパスセンスと相手を圧倒するディフェンスで注目をあびます。

1992年のドラフト4位でマブス入りしたシューティングガードのジム・ジャクソン、93年のドラフト4位、スモールフォワードのジャマール・マッシュバーンをキッドが操るスタイルで、マブスは前年の13勝69敗から36勝46敗へと大きく勝ち星を伸ばしました。

ジェイソン・キッド、ジム・ジャクソン、ジャマール・マッシュバーン3人の頭文字をとって3J’s(スリージェイズ)と呼ばれるようになり、マブスの未来は明るいと誰もが信じていました。

キッドはドラフト1巡目全体3位でデトロイト・ピストンズに指名されたグラント・ヒルとともに、新人王にも選ばれています。

ただ、若きキッドはなかなかのトラブルメーカーでもありました。

ドラフト前には当て逃げとスピード違反で逮捕されており、交際相手からは子供の認知訴訟を起こされています。

そして前途が明るいとみられていたマブスは、キッドも絡むトラブルによって、崩壊していくのです。

当時大人気だった女性歌手のトニー・ブラクストンを巡り、ジム・ジャクソンと3角関係になってしまったために期待された3J’sは崩壊。

キッド、ジャクソン、マッシュバーンは全員放出されてしまいました。

1996-97シーズン、マブスで22試合に出場した後、トレードに出されたキッドが加入したのは、前年までエースだったチャールズ・バークレーがチームを去り、開幕13連敗を喫していたフェニックス・サンズ。

移籍後ケガもありサンズでは32試合の出場に終わりましたが、キッドの活躍でシーズン終盤に11連勝をかざったチームはプレーオフに滑りこみます。

初めてのプレーオフでは、1stラウンドでシアトル・スーパーソニックスに敗れましたが、キッドの評価は高まりました。

1999年から3年連続でオールNBA1stチームと、オールディフェンシブチーム(1999年・2001年は1stチーム、2000年は2ndチーム)に選出されたキッドは、トップポイントガードとして認められますが、またもトラブルを起こし、2001年の夏にトレードされてしまいます。

妻に対するドメスティックバイオレンスで逮捕されてしまったのです。

サンズはチームイメージの回復をはかるため、キッドを同じ司令塔のステフォン・マーブリーとのトレードで、弱小ニュージャージー・ネッツに放出しました。

典型的なドアマットチームだった当時のネッツ。

キッドが加入してもさすがに厳しいのでは・・・と思っていましたが、キッドが司令塔として君臨するネッツは、強豪を次々となぎ倒していきました。

特にチームを変えたのが、キッドのディフェンスに対する姿勢。

チームメイトのディフェンスに対する意識を変え、前年リーグ22位だった平均失点は、2001-02シーズンリーグ5位と大きく改善しました。

ドアマットチームだったネッツは、キッド加入1年目からイースタンカンファレンス1位の52勝30敗を記録。

プレーオフでも次々と強豪を破り、チーム史上初のNBAファイナルに進出します。

ファイナルではシャック&コービー全盛期のレイカーズに1勝もあげることなく、スウィープされてしまいましたが、ネッツの快進撃はおおいにファンを沸かせました。

キッドをシーズンMVPに押す声もありましたが、この年のキッドのスタッツは1試合平均14.7得点 7.3リバウンド 9.9アシスト 2.1スティール FG39.1% 3P32.1%と、特筆すべきほどではありませんでした。

ただそれでも、チームに与えた影響は、MVPを獲得したティム・ダンカンにも劣らなかったと思います。

キッドは翌シーズンもネッツをNBAファイナルに導く活躍をみせ、ファンを驚かせました。

キッド体制2年目のネッツは平均失点リーグ2位(90.1失点)のディフェンス力を武器に再び快進撃をみせましたが、またもファイナルでレイカーズに一蹴されてしまい、念願のチャンピオンリングをてにすることはありませんでした。

正直ほかの強豪チームに比べて選手層がうすいネッツを2年連続でファイナルに進出させたのは、キッドの攻守にわたる献身的な貢献だったことはまちがいありません。

キッドは7シーズンにわたりニュージャージー・ネッツで活躍した後、古巣ダラス・マーベリックスに移籍。

2010-11シーズン、ついにNBAチャンピオンに輝いたのです。

1度もスティール王には手のとどかなかったキッドですが、18シーズンの間平均1.5スティールを切ることは一度もありませんでした。

常にディフェンスでも全力をつくしてきたからこそ、勝利の女神がキッドに微笑んだのでしょう。

現在はダラス・マーベリックスのヘッドコーチをつとめるキッド。

先日世界中をおどろかせた、ルカ・ドンチッチとアンソニー・デイビス&マックス・クリスティのトレードで注目を集めました。

トレード後初めてのレイカーズ対マブスの試合後「ドンチッチがキッドHCと目もあわせようとしなかった」と記事がでていましたが、2人の関係が気になるところですね。

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歴代スティール数4位 マイケル・ジョーダン

マイケル・ジョーダン(1984ー93 1995-98 2001-03)
所属:シカゴ・ブルズ
   ワシントン・ウィザーズ
ポジション シューティングガード
スティール王×3(1988 90 93)

〝バスケットボールの神″マイケル・ジョーダン。

1990年代のNBAをリアルタイムで体験していたNBAファンにとって、GOAT(Greatest Of All Time=史上最高の選手)はマイケル・ジョーダン一択でしょう。

異常なほど勝利に執着し、すべての敵を蹴散らす獰猛さ。

そして圧倒的な勝負強さ。

芸術的に美しいプレースタイルと、ジョーダンの魅力は語りつくせないほどです。

とんでもないスタッツを残していますが、スタッツ以上に魅力あふれるプレイヤーでした。

究極の負けずぎらいと言われるジョーダンは、ディフェンスでも一切手を抜くことはありません。

しつように相手にプレッシャーをかけ、ボールを奪う姿は、恐ろしさを感じさせるほどでした。

「こんなんにディフェンスされたら、たまらんなあ」とバスケ部仲間とよく話していたことを思い出します。

今回の歴代スティールランキングベスト10の中で、最も出場試合数が少なく、平均スティール数が多いのがジョーダンです。

ジョーダンがただの点取り屋ではなく、勝利のために全力をつくしていたプレイヤーだということがおわかりいただけるかと思います。

1984年のNBAドラフトで、アキーム・オラジュワン、サム・ブーイに次ぐ3位でシカゴ・ブルズに指名されたジョーダン。

史上最高のバスケットボール選手と言われるジョーダンの物語は、ぜひこちらの記事をご覧ください。

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歴代スティール数5位 ゲイリー・ペイトン

ゲイリー・ペイトン(1990ー2007)
所属:シアトル・スーパーソニックス
   ミルウォーキー・バックス
   ロサンゼルス・レイカーズ
   ボストン・セルティックス
   マイアミ・ヒート
ポジション ポイントガード
スティール王×1(1996)

「ディフェンスのいいポイントガードといえば?」と聞かれてゲイリー・ペイトンを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか?

1990年のNBAドラフト1巡目全体2位でシアトル・スーパーソニックスに指名された193㎝ 81㎏の大型司令塔は、攻撃的なディフェンスを最大の武器とし〝ザ・グローブ″の愛称で有名でした。

スティールとトラッシュトークの達人でしたね(笑)。

今回スティール数の記録をまとめてみて、思ったよりも平均スティール数が少ないのが意外でした。

ルーキーシーズンは平均7.2得点 3.0リバウンド 6.4アシストと、ドラフト全体2位指名された選手としてはものたりないスタッツで、批判の対象とされたペイトン。

しかし1年目からスティールは1試合平均2.0と、ディフェンス面では期待通りの活躍をみせ、オールルーキー2ndチームに選出されます。

年々オフェンス面でも力をつけたペイトンは、1993-94シーズンに平均16.5得点 3.3リバウンド 6.0アシスト 2.3スティールを記録し、初めてのオールスター出場、オールNBA3rdチーム選出と、ブレイクをはたしました。

パワーフォワードのショーン・ケンプとのコンビはNBAを席巻し、この年スーパーソニックスはリーグトップとなる63勝19敗を記録。

若きソニックスは、優勝候補とみられていました。

しかしプレーオフ1stラウンドで悪夢が。

42勝40敗でギリギリプレーオフに出場したデンバー・ナゲッツに、当時史上初となる第1シードが第8シードに敗れるアップセットを許してしまったのです。

最終第5戦(当時1stラウンドは3勝先取)で、終了のブザーが鳴る中、ボールを両手でしっかりつかみ、フロアに倒れこみ歓喜するディケンベ・ムトンボの姿が忘れられません。

翌1994-95シーズンも平均20.6得点 3.4リバウンド 7.1アシスト 2.5スティールを記録し、オールスター出場、オールNBA2ndチーム入りする活躍をみせたペイトンでしたが、プレーオフでは1stラウンドであっけなく敗れ去ります。

雪辱を期して挑んだ1995-96シーズン、ペイトンは平均19.3得点 4.2リバウンド 7.5 アシストを記録。

得意のスティールは1試合平均2.9本を記録し、初めてのスティール王に輝きました。

ペイトンの鬼気迫るプレーに導かれ、スーパーソニックスは64勝18敗を記録し、ウエスタンカンファレンス第1シードでプレーオフに進出。

ペイトンにとって初めてのNBAファイナルにたどり着きました。

ファイナルの相手は、この年当時リーグ新記録となる72勝10敗を記録した最強シカゴ・ブルズ。

マイケル・ジョーダン、スコッティ・ピッペン、デニス・ロッドマンの史上最強のビッグ3の壁はあつく、若きソニックスは敗れ去りましたが、大きな爪痕をのこしたシーズンでした。

そして、ゲイリー・ペイトンがもっとも輝いたシーズンでもありました。

1999-00シーズンには平均24.2得点 6.5リバウンド 8.9アシストを記録するなど、オフェンス面でも成長をみせたペイトンでしたが、スーパーソニックスでは優勝を勝ちとることができず。

12シーズン半にわたってスーパーソニックスの司令塔として、攻守でチームを牽引したペイトンでしたが、2002-03シーズン途中にミルウォーキー・バックスにトレードされた後は、徐々に衰えをみせていきます。

2003-04シーズンにプレーしたロサンゼルス・レイカーズでは、コービー・ブライアント、シャキール・オニール、カール・マロ―ンとビッグ4を結成し、NBAファイナルまで進みますが、デトロイト・ピストンズに敗れ優勝には届かず。

「優勝するために移籍してきたカール・マローンとゲイリー・ペイトンは、残念ながら優勝には縁がなかったか・・・」と思っていましたが、マローンとは違い、ペイトンには再びチャンスが訪れました。

2005-06シーズン、マイアミ・ヒートに加入したペイトンは、主にジェイソン・ウイリアムズ(J-WILL)のバックアップポイントガードとしてプレー。

プレーオフでヒートは、J-WILLをスターターとしながらも、試合終盤ではベテランのペイトンを起用するスタイルで、見事優勝をはたしました。

長年NBAのトップポイントガードとして活躍をつづけたペイトンは、シャック&ウェイドを中心に戦うヒートを攻守で支えるロールプレイヤーとして、NBA15年目でついにチャンピオンリングを手にしたのです。

翌2006-07シーズンもヒートでプレーした後、ペイトンは現役を引退。

現在はアラメダ大学のヘッドコーチを務めています。

息子のゲイリー・ペイトン2世(GP2)も、ディフェンス力を武器にゴールデンステイト・ウォリアーズで活躍していますね。

ウォリアーズファンのわたくしリトルとしては、GP2にまだまだ成長してもらわないといけないと思っています。

父ペイトンには、大学生よりもまず息子の指導を徹底してほしいものですね(笑)。

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まとめ

今回はNBAの歴代スティール数ランキングの主に上位5選手について語ってきました。

スタッツの中ではやや地味な〝スティール″ですが、調べてみると上位5選手が全員NBA75周年記念チームに選ばれているスター揃いでしたね。

ちなみに上位10選手でも、7位のモーリス・チークス以外は全員NBA75周年記念チームのメンバーです。

ディフェンスに特化したプレイヤーではなく、全員総合力の高い負けずぎらいが揃っています。

歴代トップクラスのポイントガード4人と史上最高のシューティングガード。

すばらしい5人です。

ただ歴代ベスト5の中に、現在歴代6位のレブロン・ジェームズが入ってくるのは、時間の問題だと思いますが。

正直クリス・ポールが1位のジョン・ストックトンを追い抜くことは厳しいと思いますが、どこまで近づいていけるのか、注目していきましょう。


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